おかっち、ありがとう。

5月6日、突然の悲報。

ご家族にとっては、かけがえのない、最愛のご長男であり、初孫であり、優しいお兄ちゃんであり、
私にとっては、一番頼りになるスタッフとして、またファンとして、長年[ほにや]を支え、応援してくれた“おかっち”が、飲酒運転の自転車に激突され、あまりにもあっけなく、この世を去ってしまいました。

出会いは、15年前…
もう、15年も経っていたのですね…。

「よさこいチームの衣装を相談させていただきたいのですが、、、」と、とても謙虚な、とても素直な青年からの電話がありました。

それが、おかっちこと岡田晃典君との出会いでした。

その年、須崎市の農業青年達でつくるよさこいチーム[須崎4Hクラブ]の責任者となったおかっちは、ほにやで衣装を作りたいと、連絡をくれ、何度も打ち合わせを重ねました。

そして、[須崎4Hクラブ]でのお役目を終えた後、2001年から本格的に参加してくれ、纏いさんとして、
また、準備から裏方まで、労をいとわず頑張ってくれる頼りになるスタッフとして、本当に一生懸命、取り組んでくれました。

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早朝からの畑仕事を終えて、片道1時間以上かかる須崎市〓高知市を毎日通って、夜遅くまで頑張ってくれました。

踊り子さんからも人気があり、みんなから「おかっち、おかっち」と慕われ、いつも笑顔で応えてくれていました。

多趣味で、色んなことにも挑戦するバイタリティもあり、よく海外旅行にも出かけ、楽しいお土産も、よくいただいたものでした。

農家の仕事に誇りを持ち、高知特産のみょうがやしょうが、真っ赤なお花グロリオサの栽培を、ご家族と仲良く、真面目に、夢を持って取り組んでいることを気負いなく、さらりと笑顔で話してくれました。

私達が病室に駆けつけた時、「頑張ってハウスも増やしてくれて、これからという時やったのに…」と言う、ご両親、弟さんの無念さと、強い家族の愛情が、病室に溢れていました。

こんなにも、みんなから愛され、親しまれ、頼りにされていたおかっち。

初めてのブログの文章なのに、全て過去形ということが、綴りながらも納得できないでいます。

あまりにも一方的な事故で、帰らぬ人となってしまったおかっち。

あまりにも急に、あまりにも理不尽に逝ってしまいました。

心配そうに踊り子さんを送り出す時の姿や、踊り子さんを励ます笑顔、そしてなかなか踊りを覚えられなかった踊り子さんや子ども達が、追手筋を踊りきった時に、嬉し泣きしていた優しい涙に、周りが泣かされたこと…
私達は、一生忘れることはないでしょう。

自分からでしゃばることなどないのに、肝心なことはしっかり、きっちり、
愛情と誠意を持って、考え、行動してくれた…今思えば、本当の意味で勇気のある人でした。

いつまでも[ほにや]になくてはならない、大切な一人でした。

仕事が忙しくて、なかなか手伝えない年も、必ず助けに来てくれたおかっち。

去年の本祭の菜園場を踊り終えた時、走り出した地方車を追いかけながら、私にかけてくれた言葉は、私にとってどれだけ嬉しかったことか…

その話をゆっくりしたいと思っていたのに、叶わぬこととなってしまいました。

[ほにや]は、みんなで創ってくれたチームです。
誰一人かけていても、今の[ほにや]ではなかったと思います。

その中でも、間違いなく、一生懸命[ほにや]を一緒に創ってくれた、大切な存在だったおかっち。

みんなに、たくさんの優しさ、たくさんの思い出を作ってくれたおかっちに、
心から、ありがとうを言いたいと思います。

おかっち、ありがとう。

どうか、安らかに。

おかっちには、天国でもまた、楽しいことを見つけて、笑顔でいてもらいたいな…。

長い間、[ほにや]を支えていただき、本当にありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。